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簡体字(かんたいじ、简体字、jiǎntǐzì)あるいは簡化字(かんかじ、简化字、jiǎnhuàzì)とは、1960年代に中華人民共和国で制定された、簡略化した漢字の字体体系である。シンガポールでも採用されている。
概要現在、中国で正書法として採用されている簡略化された漢字の内、正確には字全体が簡略化されたものだけを簡体字という。偏や旁など一部が簡略化されたものも含めたものは簡化字という。これらの漢字は『簡化字総表』にまとめられている。 複雑な漢字の簡略化に際して、楷書化した草書の要素を多く取り入れ、また、画数の少ない部品に置き換える手法も多く使っている。現在の『簡化字総表』は偏旁に使用できない簡体字350字(第1表)、偏旁に使用できる簡体字132字と簡化偏旁14個(第2表、下記参照)、第2表を適用した簡体字1,753字(第3表)からなっている。総数は2,235字になる。 歴史
深圳に立つ鄧小平像。台の文字は江沢民の揮毫であるが「鄧小平同志」の碑銘の部分は繁体字であるが(「鄧」に注目)、「江沢民」の署名は簡体字(「澤」に注目)に近い書体である。
漢字の簡略化は古くから俗字として行われていたが、正字として使われることはなかった。清末の1909年、陸費逵が『教育雑誌』創刊号に「普通教育応当採用俗体字」(普通教育に俗字を採用すべきだ)という論文を発表したことが簡化運動の始まりとされる。五四運動時代の1920年、銭玄同は『新青年』に「減省漢字筆画的提議」(漢字の筆画を減少させる提案)を発表し、1922年には陸費逵らと連名で国語統一籌備会に常用の漢字すべての筆画を減少させる提案をしている。また、1934年にも国語統一籌備会に簡略された字体の収集を提案し、翌年の1935年には2400字あまりの『簡体字譜』の草案が編まれた。一方で、国民政府教育部でも324字の「第一批簡体字表」を公布したが、反対派の反発により実施されることはなかった。その後、簡略字体の収集が盛んになり1937年には字体研究会が1700字の「簡体字表第一表」を発表している。 1955年、中国文字改革委員会が「漢字簡化方案草案」を発表し、1956年1月、「漢字簡化方案」が正式に公布され、514字の簡体字と54の簡略化された偏や旁が採用された。数年の使用実験を経て、簡化字は1959年までの4度公布され、1964年には『簡化字総表』にまとめられた。 1977年、中国文字改革委員会は新たに「第二次簡化方案草案」を発表し、さらなる漢字の簡略化を目指した。しかし、この試みは文化大革命の直後ということもあって、あまりにも拙速な方案だったため、字体が簡略化されすぎて、「読みにくい」、「見苦しい」と猛烈に批判されて社会に混乱をもよおして不成功に終わり、8年間の試行で廃止された。これらの簡化字は俗に二簡字と呼ばれる。この後、若干の漢字の取扱に変更があったものの新たな大規模な文字改革は行われておらず、公式に定められた規範としての簡体字は安定期に入っていると言えよう。 また国民に漢人が多いマレーシアでは1981年に独自に簡体字を整理しておりシンガポールでも使用されており「馬新簡体字」と呼ばれている。 現在、中国大陸やシンガポールのほとんどの出版物は完全に簡体字を採用しており、学校教育も簡体字しか教えず、繁体字の読解力が低下しつつある。一方、台湾や香港、北米の華僑社会などでは繁体字を使い続けており、簡体字があまり読めないという人が多い。台湾で行われた電話世論調査によると、45%が簡体字を完全に読めない、41%が少し読めると答え、完全に読めると答えたのは残りの14%にとどまった(中時電子報民調:正體字VS.簡體字大調査)。こういった事情と政治的・社会的要因により、しばしば、同じ本について、中国向けに「簡体字版」、台湾・香港向けに「繁体字版」の2種類が出版されることがある。 実際の手書きの文章では、現在の中国大陸に限っても、規範的な簡体字のほかに、繁体字、二簡字、俗字といった異体字が混用されることは珍しくない。 ちなみに中国語版ウィキペディアでは「繁体字」「香港・マカオ繁体字」「大陸(中華人民共和国)簡体字」「馬新(マレーシア・シンガポール)簡体字」の4書体がそれぞれ相互に変換できるシステムを採用している。 簡化の方法簡略化の方法は次の通りである。
日本での簡略化漢字である現行の新字体とは全く別に実施されたが、結果的に、簡略化された一部の字は日本の新字体や日本での俗な簡略化漢字と同一のものもある。その一方で、簡体字が日本の別の漢字と衝突することもある。たとえば、「机」は日本では「つくえ」だが、簡体字では「機」の略字である。また、「叶」という字は日本語では「かなう」と読むが、簡体字では「葉」の略字であるため、日本語では「葉」と書き改めなくてはいけない。また、中国に「叶」(yè)という姓があるが、繁体字の「葉」姓と同義になっている。日本にも「叶」姓は存在しているが、別姓である(「かなえ」または「かのう」と読む)。このように、簡体字が繁体字や日本の新字体と混同されるケースは少なくない。簡体字で書かれた中国の固有名詞を日本語の文章で使用する際には日本の「新字体」を含む書体に改めなくてはならないが、マスコミの報道などで間違うことがある。 繁体字と簡体字と新字体との差異
異体字の整理1955年、中国文字改革委員会は「簡化方案」に先立ち「第一批異体字整理表」を公布して異体字の整理を行っている。そこでは810組1,865個の漢字をあつかった。例えば「并・並・併・竝」を「并」とし、「屍・尸」を「尸」とした。 簡繁対照表簡化偏旁14種(偏旁単独で表示できないものは、その偏旁が含まれる漢字2字を記した)
偏旁に使うことができる簡化字132字
台湾でも使用されている簡体字繁体字を用いる台湾でも一部簡体字と同様の略字(たいてい既存の漢字)の使用が認められている。 正式に使用されているもの
正式ではないもの
なお、台湾では、簡体字とは異なる略し方をした俗字も使用されている。
見直しの動き2009年3月3日、中国政府の諮問機関である全国政治協商会議の潘慶林委員が、簡体字は中国の伝統文化の継承をさまたげるとして、今後、10年間で繁体字に段階的に戻すよう提案を行った[1][2]。 潘は、簡体字は簡略化しすぎていて漢字本来の芸術性や表意文字としての成り立ちを破壊している、書くのが面倒とされてきた繁体字は今ではキーボードで簡単に入力できると理由を挙げ、繁体字復活は中国と台湾の統一にも有利と政治的な理由も挙げている。繁体字復活とは別に、行きすぎた簡略化を修正する見直し論もあるという[1][2][3]。 潘の提案に対し、教育省は、簡体字継続は現行法で保護されていると反論している[1]。 脚注
関連項目
Questions for article: 簡体字?数, 繁体字 簡体字 一覧, 中国語 簡体字 一覧 |
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